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概要

語りびと

34落ち着かない気持ちで床の中にいた。 一瞬すごい稲妻が走ったかと思うと障子やふすまが、ばたばたと私の上に倒れかかった。 母は「お日様が割れた」と叫びながら、私を横だきにして防空ごうまで引きずっていった。 私はその時、東の空に火の柱を見た。 今にも頭の上にのしかかりそうな、橙色に燃える火の柱だった。 どうなることかと恐ろしさに震えながら見ているうちに、その火の柱は白い雲の柱にかわり、雲の柱の中にまるで月のような太陽がぼんやりと浮いていた。 太陽が割れたのでないことがわかりほっとした頃から、本の焼け残りや板切れが空から降って来だした。 広島から直線コースで十二キロもあり、その間には山もあるのに、これだけ大きなものが飛んで来るのに驚きながら、あれこれ噂をしていた。 昼も近くなった頃だろうか、広島から山越えで逃げて来た人々の行列が続きだしたのは。 まるでおばけだ。 焼け残りのぼろぼろの衣服を身にまとい、顔にはガラスの破片をつけたまま、血まみれの人々の行列である。 それが、みんな気が立っているのか、しゃんとして歩いて来るのである。 「どこに爆弾が落ちたのですか」とたずねると、みんな申し合わせたように、「私の上に落ちた」と言う。 全く見当がつかない。 幸い父の勤務地である中国総監府あたりの被爆者が、ひとりもその中にいないことで、父の安否は全くといってよいほど気にならなかった。 広島の街全部が一度に吹っ飛ぶなどとはその当時想像もしなかったからである。 夜になると、広島の空はまっかに焼け、二十機、三十機と編隊を組んだ敵機がまるでつばめの群のように飛び交うのがはっきりと見えた。